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Name:
Date: 2008/09/10(水) 01:02   No:1389
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Title: 寝る時‐線香    
寝る時、仏壇の線香の香や灯が好きで一本焚きながら寝ているのですが前にお寺に泊まったときそれを行っていたらお墓の主(お墓の中にいる人)が来ました。 その時は住職様に何とかしてもらったのですが、お墓から離れている普通の家ならそのような事をしても大丈夫ですよね?
(というか他に原因があったかもf^_^;)



Name: 天台沙門
Date: 2008/09/10(水) 10:09   No:1392
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Title: Re:寝る時‐線香    
好きでなさっていることの結果でしたら、それはそれでよろしいんじゃないですか?


【お墓の主(お墓の中にいる人)が来ました。】
【お墓から離れている普通の家ならそのような事をしても大丈夫ですよね?】

保証はいたしかねます。
なぜなら、客観的には心理学的症状として理解できる現象も、主観的には心霊現象と理解できるからです。典型例が「金縛り」ですね。それを心霊現象と理解する人もいますし、金縛りにあった夢を見ていたと理解する人もいます。どちらも「正しい」理解です。似たような認知心理学の例は、我々は「赤」を「赤」として見ている証明はできない、というものがあります。

超自然な心霊現象が実在すると仮定した場合、ある心霊現象がある人物の身には起きなかったとしても、その人物は非心霊現象を心霊現象と誤解する可能性は充分にあります。

いわゆる心霊体験を語った人が「でも、こんなことはありえませんよね」と言ったことに対し、ユング派心理学者の故河合隼雄氏は「でも体験なさったんでしょ?」と反問したそうです。これをもって河合隼雄が心霊体験の実在を肯定していると理解することは誤りですが、重要なことは、個人の体験は第一義的に主観的知覚によってしか理解されえないということです。
その体験を、超自然的な心霊体験と理解するか、自然な心理現象と理解するかは、その個人ならびに周囲の人々の自由な判断ということですね。

ゆえに、「墓所の主の訪問」という心霊体験のある貴方は、非心霊体験をも心霊体験として理解する可能性はおおいにあり、よって墓所の遠隔だから「墓所の主の訪問」という体験をせずにすむという保証、換言すれば、貴方がある知覚に対し「墓所の主の訪問」という理解をせずにすむという保証はできません。


Name: たかぼう
Date: 2008/09/10(水) 11:12   No:1394
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Title: Re:寝る時‐線香    
竹さん、はじめまして。私からアドバイスさせて頂く前に、天台沙門さん、貴重なご意見、本当に感謝します、ありがとうございます。 まず、線香というのは、本来仏教では亡くなった方の為にあるものであり、ご先祖様、無縁仏、成仏されてない方々の為の物です。それは仏様がわざわざ現世におりて下さり、教えを解いて下さっております。線香を焚く事により、あの世ではご飯のような役目、心が落ち着く役目、そしてあの世に昇っていけますようにと、切なる願いを込める意味があります。それはすべて焚いている煙を見れば、何となく気づくと思います。霊的な物から別に見解すると、決して悪い意味ではないんですが、線香の煙により、霊的なものを呼び寄せる現象も実際あります。それは線香の煙が霊道になる可能性もある事です。

Name: たかぼう
Date: 2008/09/10(水) 11:23   No:1395
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Title: Re:寝る時‐線香    
続きます・・。線香により霊道が出来た場合、もし仮に浮遊霊が霊道だと思い込み、近づいて来ても、死んだ自覚が無い為霊界に行く事は絶対不可能です。まだその場所に居続けます。そもそも、お墓の主というのは、お墓にはいません、霊界にいます。何故なら霊界では、お墓が電波塔の役目をしているのであって、そこに居続けても意味が無いからです。霊を見たというのは、お墓にいる浮遊霊だと認知して下さい。人は死後49日現世にとどまりますが、それは、その期間霊界で来世を決めている期間です。 つまり、魂でいえば、現世のいろんな所へ行ける旅行期間と考えて下さい。

Name: たかぼう
Date: 2008/09/10(水) 11:31   No:1396
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Title: Re:寝る時‐線香    
長くなりました。まとめます。 線香を日常で焚いているお寺等は、別格と考えて下さい。禅を組む時も、お寺では普通線香を焚いたりします。 しかし・・、一般の人が、やたらむやみに線香を焚くのは、私の意見ではおすすめ出来ません。お墓から遠い家でも、浮遊霊はそこらじゅうにいます。仏壇に線香を毎日というのも、おすすめ出来ません。線香の替わりに、炊きたての一番飯をお供えするのが一番かと思います。 竹さん?香りを楽しむなら、アロマテラピー等どうでしょうか。 私の意見は以上です。本当にいつも長くてすいません!!

Name: たかぼう
Date: 2008/09/10(水) 11:34   No:1397
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Title: Re:寝る時‐線香    
何度もすいません! 仏壇には、お彼岸、お盆、等ありますが、その時は必ず、お線香を焚いて下さい。ご先祖様は必ず喜んでくれますから(*^_^*)

Name: 月光山洗心庵 [URL]
Date: 2008/09/10(水) 12:28   No:1398
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Title: 日常仏壇に線香は供えてください。    
霊能者のお考えはわかりませんが、仏教の教えに六種供養があります。これは曼陀羅の中の教えにもあります。六波羅密といわれるものです。線香を供えることはその六種供養の一つであって、これは精進行。つまり真っ直ぐ道を外れずに、歩く、または進むことです。供養のお供え物は水、花、塗香、ご飯、ローソク、そして線香。この六つをお供えし、我が身にかえってくる行としています。このようにお供え物はただ、昔からあげているからということでなく、古来より意味があら延々と守られ続けられているのです。意味なくして仏教行事、また、伝統や語り継がれないわけではありません。また、日本には香道という奥深い伝統作法があります。日本版アロマといったところです。それから線香は時間をはかるのにも使われます。この線香を焚いてなくなる頃は何十分、だからこの経は何分かかる、と線香をともして時間を計測するときもあります。座禅の時間もそうして図ります。線香は霊道を開くものではありませんから安心されてください。もし、悪いものであったら六波羅蜜行の供え物に入らなかったでしょう。仏教は様々な変遷をしています。しかし、一貫して伝えていることは迷いない己が道を行くこと、です。人それぞれの道がありますから見つけて歩くのは自分です。霊というのはある部分己が影です。その影に揺れるか揺れないかは自己の正道(八正道)にあります。眠るときに線香を室内で焚けば煙は知らずして気道に入り、呼吸器官を刺激します。刺激は脳に伝わり寝苦しくなり夢見も悪くなるでしょう。よかれと思ってされたことがそうでないことになる場合もあります。休む前の香はなるべく刺激の少ない香を使うか、あるいは使わず眠る工夫をするとよいでしょう。どうぞ、線香に誤解の無きようされてください。六種供養を心がけご精進くださいませ。合掌

Name: たかぼう
Date: 2008/09/10(水) 12:52   No:1399
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Title: Re:寝る時‐線香    
月光山さん、はじめまして。いろいろ教えを頂き感謝致しております。確かに、霊道を開くのは間違いでした、霊道を作るの方が正解です。あらかじめ伝えておきますが、私は霊能者ではありません。月光さんの、おっしゃる事、八正道、よく存じております。しかしながら、疑問を抱くのですが、僧侶、住職、お坊さんには、霊がそこに存在し集まり、浄霊し、霊界に昇る姿を、何回も見ますか?住職さん達がお経をあげ、供養し、実際に霊達が昇る姿は見えるんでしょうか。代々受け継がれ、それだけをしていれば、皆さん安泰だと、安堵な気持ちになっていないでしょうか。じゃあ、何故今のお坊さんは、檀家さんのお布施、とうば料、供養料でフェラーリを乗り回したり、居酒屋で女遊びしたり。戒律はないんですか? 実際に体験してるから私個人の意見で相談にのれるのであって、私の意見が絶対とは申しておりません。仏壇、仏壇と申されますが、要は心の持ちようではないでしょうか。

Name: 月光山洗心庵 [URL]
Date: 2008/09/10(水) 13:36   No:1400
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Title: たかぼうさんへ    
いまの仏教界に対しての質問には申し訳けございませんがお返事はいたしません。が、一ついえますことは仏道に帰依し真摯に歩んでいらっしゃる僧侶も沢山いらっしゃいますのは事実です。また、サニワ体質であるがために仏門に入られている方もいます。霊につきましては古来の文献にも多くの記述があり霊を封印する行法呪文も伝えられています。昔の葬送法を読みますと僧侶の役割は大変なものであったと思います。また、墓所にあってもとげのある樹木で周りを囲み、魔が入らぬようにといった記載があります。いまは仏教宗教が多様化し混沌化し、僧侶の悪いところが目につけばすべての僧侶が悪いとなじられ、また、霊もみえない僧侶ばかりだと避難されます。心正しい僧侶たちには肩身の狭い世の中でございます。どうしたらよろしいのでしょうね。私の心も悲しいです。見える方々にはどのようにしたらよいか、先がわかられているのではないかと、思うのですが。まあ、みる力のない、霊ともお話ができない私といたしましては、根気よく根気よく、教えをお話していくことしかできません。地道に根気よく、仏法僧をお話しコツコツと参るのみです。合掌∞∞∞月光山洗心庵http://www.nisou.com/∞∞∞

Name: たかぼう
Date: 2008/09/10(水) 14:28   No:1401
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Title: Re:寝る時‐線香    
月光さん、私個人での意見、誠に申し訳ありませんでした。私は、ある師匠の元で、仏教、神道の修業を行い、平日は仕事をしています。確かに今の時代、供養して下さるお坊さんの行動に目に余るものがあり、動揺はしてますが、一方では各地の宗派、総本山にて、懸命に修業されている話しはよく耳にします。霊、守護霊、守護神、菩薩様、不動明王様は、たまに見る事は出来ますが、対話をするのは霊、守護霊だけです、仏様はわかりませんが、神様は話しをせず、心に問いかけて下さいます。毎日が修業の日々ですが、月光さん今後もよろしくお願い致します。先程は申し訳ありませんでした。いまだに、お釈迦様は見えません。神様の方では、位が高いと、形はなく、紫色で見えます。これからも自分自身精進して参ります

Name: 月光山洗心庵
Date: 2008/09/10(水) 14:50   No:1402
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Title: たかぼうさんへ    
携帯でみれるかどうかわかりませんが、私共の護摩に現れました仏様です。求めるところは炎の仏様が手にされている宝珠のような輝きの心が持てるよう、だれもが精進、忍辱、持戒、禅定、智恵、布施を忘れることのないように。ということではないでしょうか。皆共成仏道。お互いに精進してまいりましょう。合掌∞∞∞http://www.nisou.com/∞∞∞

Name: 巳朱
Date: 2008/09/10(水) 16:10   No:1403
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Title: Re:たかぼうさんへ    
この場をお借りして、たかぼうさんにお願いがあるのですが。

中途半端に霊的な知識を披露なさらないようにお願いいたします。
迷ってる人がさらに迷いやすくなる方向に向いちゃうから。
霊的な事をないがしろにしているよりも、霊的な事が現実に疲れている人の逃避先になってしまう事の方が恐ろしいと感じます。

霊的な事を否定はしませんが、仏の道を語るのに別に霊的な事を強調しなくても、十分お話が出来ると思っています。
月光山洗心庵さんのおっしゃる「精進、忍辱、持戒、禅定、智恵、布施」は、人である私たちがするものですもの。

たかぼうさんの体験は、たかぼうさんの真実として、ご自身の内側に大切に持っていてください。


Name: たかぼう
Date: 2008/09/10(水) 16:22   No:1404
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Title: はい。    
確かにその通りです。申し訳ありませんでした。今度このような事が無いよう、細心の注意を払っていきます。すいません そして、月光さん、貴重なお写真、拝見させて頂いて誠にありがとうございます。 そして、寝る時さん、誠にこのスレで語ってしまった事、深くお詫び申し上げます。皆様、ありがとう御座いました

Name: なな
Date: 2008/09/10(水) 18:55   No:1406
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Title: こんばんはm(__)m    
アロマかわりにお線香と言うのも^^;

お墓の人は怖い人ですか?何か悪さをしますか?
来るかもと思うから…そう感じちゃうのかもしれないので?夜のお線香は中止するか?気にしない方が良いですね。


Name: 天台沙門
Date: 2008/09/12(金) 12:39   No:1419
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Title: Re:こんばんはm(__)m    
【アロマかわりにお線香と言うのも^^;】

それは本質的使用法で、貴人によい匂いを捧げるインドの風習が起源です。それが神仏への香供となり、線香は保存や点火に便利な形態というだけです。


【それを行っていたらお墓の主(お墓の中にいる人)が来ました】
【 その時は住職様に何とかしてもらった】

という文脈は、訪問が不都合であった、という文脈でとらえました。
なぜならば、「お墓の主」が香供をありがとう、という印象でやって来られたなら、「どういたしまして」と言えばすむことで、べつに住職さんになんとかしてもらう必要はないというのが私の感覚だからです。


【お墓の人は怖い人ですか?】【何か悪さをしますか?】

別項にも書きましたが、生きている人間は死者に対して自然な感情として畏怖の念をもちます。死者に対し畏れと敬意をもつことは当然ですが恐怖を感じることは無用です。なぜなら死者を恐怖の対象ではなくすことが宗教儀式の目的のひとつですから。神道の用語を借りれば、死者がもつ荒魂と和霊の両面を、和霊のみにすることが「ご供養」の目的というわけですね。
したがって、お墓というのは死者が鎮まり納まっている場所ですから恐怖の対象ではありません。(註:「参り墓」に対し「埋め墓」と称される場所が存在すれば、「埋め墓」は死者の荒魂を納めた場所として恐怖の対象となりえます。)
ですが、生きている者が死者に「うしろめたさ」を感じている場合、生者の主観的「悪さ」を死者の意志と誤解する可能性は多々あります。

ですが、その場合、現実に死者の行為だとしても本当に悪さなのでしょうか?


Name: なな
Date: 2008/09/12(金) 20:20   No:1422
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Title: 天台沙門様へ    
お線香=お香
は同じですか?
お線香は仏様へのお供えで…
お香は生きている人の楽しみ安らぎだと思っていました^^;

霊は怖いとは思いません。肉体があるかないかだけですよね。
霊体験の話も金縛りと同じで…100%の1%くらいが霊的現象で残りの99%とは心的現象だと思います。心霊体験だけに^^;
私はこんな感じに思っています。


Name: なな
Date: 2008/09/12(金) 20:31   No:1423
解決    削除 
Title: 追伸…    
お香はアロマになりますか?

竹様、すみませんm(__)m個人的のレスになってしまいましたm(__)m




Name: くみこ
Date: 2008/09/11(木) 14:03   No:1409
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Title: お墓の事    
初めまして。

去る6月に母を自殺で亡くしました。
父は、今年2月に23回忌を済ませたところでした。
父の法要は、母と二人で菩提寺へ出かけて供養していた
だいたのですが、実は、母の死後母が、その菩提寺との
ご縁を絶っていたことが、分かりました。父の菩提寺は
日蓮宗のお寺でした
母は、葬儀もしないようにとの遺言もあって、葬儀屋さんが
ともかくもとの事で浄土真宗のお寺の方に頼んで、法名を
頂き四十九日も済ませました。
しかし、私も慌てていた事とは、いえ、いざ今度納骨の事を
考えると、父のお墓には、日蓮宗での戒名が刻まれております。
母は、浄土真宗での法名です。 同じお墓に違う宗派のお名前を
入れてよいものかと悩んでおります。このような場合どうすれば
いいのでしょうか?

私の実家のお墓は、町営の霊園です。
父のお墓は、夫婦墓ですので母の名前を入れる場所が、
残されてあります。
どうかよいお知恵を拝借できますようにお願い申し上げます。




Name: 天台沙門
Date: 2008/09/11(木) 17:28   No:1411
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Title: Re:お墓の事    
お母さまの件、お悔やみ申し上げます。


【同じお墓に違う宗派のお名前を入れてよいものかと悩んでおります。このような場合どうすればいいのでしょうか?】
【私の実家のお墓は、町営の霊園です。父のお墓は、夫婦墓ですので母の名前を入れる場所が、残されてあります。】

法名というものは「死者の名前」であり、それ以上でも以下でもありません。その方の生前を偲ぶための象徴であって、いわば欧米の墓石に刻まれる墓碑銘に類するものとお考えください。
ですから、ご両親のご法名(ご戒名)に納得がいかれているのでしたら、そのままお父さまのお隣にお母さまのお名前を刻んでさしあげてください。墓所が町営の霊園にあるならば、なんの問題もありません。


寺院墓地であれば、その寺院の宗旨でなければ法事をするときに不都合が発生します。貴方の場合でいえば「真宗で葬儀を行い、真宗の戒名がつけられた」ということを理由に、日蓮宗のお寺に納骨を拒まれる可能性があるということです。しかし公営の墓所であれば、そのような制限があるとは考えられませんので納骨や法名の彫り込みが拒まれることはないはずです。
注意いただきたいことは、日蓮宗の方はお母さまの法要を受けてくださらない可能性があり、真宗の方はお父さまの法要を受けてくださらない可能性があるという点です。菩提寺さんとは、お母さまが絶縁(=離檀)なさったとのことですから、法務をご依頼することは難しいでしょう。

まずは、ご親戚やご近所さんで信頼できる方、できれば同じ墓所をお使いの方にご相談ください。そのときにどなたかの異議などあれば、あらためて日蓮宗の方をお願いして日蓮宗のご法名をいただいてから納骨・彫名するという方法もありえます。
そのうえで、ご親戚のどなたかの菩提寺さんにご依頼するか、今後はお母さまの葬儀を司られた真宗の方にお願いするか、その方を紹介してくれた葬儀屋さんに相談なさるか、ということになります。

まずは、取り急ぎ。


Name: くみこ
Date: 2008/09/12(金) 09:10   No:1414
解決    削除 
Title: Re:お墓の事    
天台沙門様 早速のお返事、お答え 本当にありがとう
ございます。 心の痞えが、取れたような気がします。

お墓への法名を入れる事に関しては、親戚等からは、
何も言われることは ないと思われます。 親族が、
一箇所に有る訳ではなく、霊園の区画を父が、永代として
買い取っておりますのでその辺りは、大丈夫かと思って
おります。 
母が、亡くなった事を伝えた折にも「これ以上の付き合いは
無用」との返事も頂いております。

これからの年回忌等の法要については、一度父の方は、
以前のお寺の方とも相談するか、葬儀屋の方と相談
していきたいと思っております。

付け加えさせていただきますが、元々実家の宗派は、
融通念仏宗でありまして、父方の祖母が、日蓮宗に改宗
しておりまして、その祖父母と父のの戒名だけが、日蓮宗の
ものとなってお墓が、あります。

私自身、お釈迦様の教えは、一つとの思いから宗派に
とらわれる事もないかと思っております。
母の御霊が、成仏してもらえるようにとの思いが
あるだけです。

本当にありがとうございました。




Name:
Date: 2008/09/08(月) 12:53   No:1379
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Title: お参りについて    
よくお寺や神社にお参りに行くと、一緒に行った方が、肩が重いとか、ひきずられそうとか言います。そういう場合、隣にいる人は何をすればいいですか?またどうすればそういう事が起こりにくくなりますか?当の本人はどうしたらいいでしょうか?けっこう頻繁にあるので、今後の対処が知りたいです。宜しくお願いします。


Name: 僧侶
Date: 2008/09/08(月) 13:56   No:1380
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Title: Re:お参りについて    
こんにちは。
触らぬ神に祟り無しと言う言葉があります。

おそらくお願い事をして叶った時のお礼参りを怠って、又別の神社にお参りしてしまい神様の嫉妬心が生まれているのかもしれません。
信仰心と煩悩は紙一重です。
お願い事は少なめに。


Name: 巳朱
Date: 2008/09/08(月) 14:38   No:1381
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Title: Re:お参りについて    
いつでも、どの人でもそういう事を言われます?
特定の人だけじゃないかな?

んとね、「○○さんと神社仏閣にいくと、○○さんはよく「肩が重い、引きずられる」と私(碧さん)に言う」ってことじゃないかと思うんですが?
または、お友達に複数、そういう事をよく言う人がいるのかな?

碧さん自身は、そういう風に感じた事はないのでは?

こういうのは、オカルト好きの若い子に多いんだけど、自称霊媒体質っての。
本当に霊媒体質の人も中にはいるんだけど、そういう人はまず、自己申告で「肩が重い」だの「ひきずられそう」だのと言わないです。
我慢出来る程度ならそのまま一緒に回るし、そうでないなら別の理由を付けてそこから早々に離れる。もしくは周囲の人の方が先にその人の不調に気付きます。
無意識に自己顕示欲を強く持っている人が、自分からそういうことを言う。

周囲の人の対応方法としては、特別扱いしないこと。やたらと心配しないこと。
「しんどいならどっかで待ってる?私お参りして来るから。後で合流しましょう」ぐらいの配慮でいいと思うよ。

あと、もうひとつの可能性としては、認知の誤りがその人に起きている場合。
過去に神社仏閣にお参りした時にものすごく嫌な事があって、その人の記憶の中で「神社仏閣=嫌なことが起きる場所」という誤った認知の結びつきが起きている場合、神社仏閣に行くと本当に具合が悪くなるという体の反応が起きる場合があります。
表面意識は「お参りに行きたい」と思っているけど、無意識は「あそこにいくと嫌なことが起きるに違いないから行きたくない」と感じているという状態ね。
本人が過去に起きた嫌な事の具体的な記憶を忘れていることが多く「なんだか知らないけど、神社仏閣に行くとたいてい変な感じがする」と意識されている。
で、身構えて行くので、神経過敏になって具合が悪くなる。

この場合も、あまり周囲が騒ぎ立てて心配しない事。
「心配される事=異常事態」って図式がますます認知の誤りを強化させてしまいます。

こう言うのは、その人本人の問題なので、周囲がなにかしてあげれるものではない。
気にしすぎない事こそがその人のためになる。
本人も気にしすぎないようにすることが、一番の対処法になる。


Name: 対処
Date: 2008/09/08(月) 19:42   No:1382
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Title: Re:お参りについて    
そういう人この頃おおいんだよね。思い込みが強い人がなりやすいみたい。説明は巳朱さんが書いているので、そういう人と神社寺院参拝にいくときには、@本人に受けやすいと思い込ませない。プラスの暗示に持っていく。人によっては受けやすいことが人とは違う、といった、なんていっていいか、まあ、霊能者体質であるといいたいような、感じの人もいるんでね。受けやすいから苦しんでいながら自分は凄いんだ、と思っちゃうのもあるから、巳朱さんがいうように同調しないこと。A瞳の感じがトロンとして普通の瞳でないときにはおでこをピシャリと叩いて、大きな声で「正気になれよ!」というと我に返ることもあり。B冷たい水を飲ませて気を落ち着かせる。そのときに塩を少しなめさせると違うかな。以上、起きてしまったらの応急だけど、必ずしも効果ありではないからね。友達の意識の問題だから、本人が思い込まないことが解決の近道かな。お参りはこんなことなく清々しくしたいよね。周りも心配同調をしないようにね。僧侶さんがいうように、さわらぬ神に祟り無し。だけど、興味しんしんに霊が話題になる時代になってしまってるから困ったものだ。

Name: たかぼう
Date: 2008/09/09(火) 16:01   No:1385
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Title: Re:お参りについて    
神社、お寺、お墓に入る前に、必ず霊媒体質の方へ、なるべく体に当たるように、胸の内ポケットに一握りのあら塩を持たせてあげて下さい。通気性の良いクッキングペーパーに包んでおくと効果的です。霊媒体質の方、私もそうですが、頭痛、めまい、体のだるさ、足からの寒気(例外もあるが通常はお寺)、肩が重い、吐き気等の症状がでたら、境内外の場所で休ませてあげて下さい。

Name: たかぼう
Date: 2008/09/09(火) 16:37   No:1386
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Title: Re:お参りについて    
最近よくなりやすいとは、いろんな神社、お寺巡りをされているんでしょうか。参拝というのは、やたらにいろんな所へ行かないものです。巡礼者、修験道を歩く方々は別ですが。本当に行っても良い場所は、神社は、その土地の氏神様、うぶすな神様、崇敬神様の場所、伊勢神宮等の大きい神社。お寺はなるべく行かないで下さい。もしお寺等に法事がある場合は仕方ありませんが。お墓、お寺、神社は午後3時までに用事を済ませて下さい。3時以降になりますと、神社は想念、お寺、お墓は霊的なものが集まり始めます。そして霊媒体質の方ですが、気持ちの持ちようも大切ですが、霊的なものは、助けを求めに入って来るのであまり関係ありません。霊媒体質の方は除霊能力、浄霊能力が本来備わっているからです。その能力を引き出すには、霊格を上げるしかありませんが。

Name: たかぼう
Date: 2008/09/09(火) 16:47   No:1387
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Title: Re:お参りについて    
すいません。長くなりました。簡単にまとめますと・・・1、お墓、お寺、神社へ行く時は、必ずあら塩を携帯する。2、携帯していたあら塩は最後に自分の家の敷地外に捨てる。3、具合が悪くなったら直ちに境内外で休ませる4、やたらむやみにいろんなお寺、神社へ行かない。5、もし行くとしたら午後3時以内にすべて用事を済ませる。 以上の5点を必ず守って下さい。後は、お寺での法事期間は、なるべく拝観はなさらないで下さい。 私のアドバイス、大変長く皆様にご迷惑おかけしました。心からお詫び申し上げます

Name:
Date: 2008/09/10(水) 07:52   No:1390
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Title: Re:お参りについて    
多くの方にご回答いただき嬉しく思います。
皆様わかりやすく教えてくださり、理解、知識が深まりました。
今回、観光で神社仏閣を回りましたところ、こういうことが起き、以前にも神社仏閣以外のところで言われたことがありましたので、知っておきたいと思い質問させていただきました。ありがとうございます。


Name: たかぼう
Date: 2008/09/10(水) 09:18   No:1391
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Title: Re:お参りについて    
おはよう。確かに行きたいですよね(^_-)☆ 出雲大社に最近行きたくて行きたくて(笑) けど、絶対行っちゃ駄目とかじゃないんですよね、体にあまり負担かけないように、事前に安全な場所かどうか調べて頂ければと思います。観光する時は、くれぐれも事前準備ですね('-^*)/ 一つでも、あなた様のお役に立てて光栄に思います。 こちらこそ感謝します! 俺、結構普通に生活してるだけで体験あるんですがね(笑)皆様の貴重な意見、是非参考にさせて頂きます! ありがとう!



Name:
Date: 2008/09/05(金) 21:12   No:1373
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Title: 人助け‐徳    
人助けって仏教的に言うと「徳を積む」という事じゃないですか?
徳ってなんですか?
後で役に立つ物ですか?



Name: 巳朱
Date: 2008/09/06(土) 00:23   No:1374
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Title: Re:人助け‐徳    
「後で役に立つかどうか?」なんて言われちゃうとみもふたもないというか(^^;;

「後で自分の利益になるから今、これをしておこう」というのは、取引。お商売と同じです。

仏教で言う「徳」というのは、そうだなぁ。

「そのことをするのが楽しくて嬉しくてしょうがないからどんどんやってたら、勝手に人を助けることになっちゃってた。」

って感じかしら?

仏教徒ではありませんが、マザーテレサの伝記を読んでみるといいですよ。わかりやすいから。
なるべく詳しくマザーテレサがどんなことをどんな風にしてきたのかが書かれているのをね。

彼女は、キリスト教徒ですが、仏教で言う徳を体現して生きてこられた人です。
宗教の根っこは、本当はどの宗教でも同じなんですね。
どの宗教も人を安心させ幸せにさせるためにあるものなんですよ。


Name:
Date: 2008/09/06(土) 23:14   No:1375
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Title: Re:人助け‐徳    
では、巳朱さんはオカルト的な「あの世には徳を貯める倉がある」とかいう説は知らないまたは否定的な立場ですね?

Name: 巳朱
Date: 2008/09/06(土) 23:37   No:1376
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Title: Re:人助け‐徳    
オカルトを真に受けてどうするの?

オカルトなんてのは「いい子にしてると、サンタクロースがクリスマスに枕元にプレゼントを置いてくれる」と同レベルだよ。

よく言えば、道徳を守らせるための方便。
悪く言えば、脅しです。
この脅しがエスカレートするとカルト団体の洗脳になります。

否定的と言うより、懐疑的な立場ですね。
方便ってのは、相手の様子を観察して先達(智慧者、覚者と言い換えてもいい)が効果的に使うものなので、誰にでも当てはまるものではないという事を知っていなければなりません。
おおよそ方便は、ごく限られた人を対象にして説かれているので、対象者が違えば、方便の内容も変わります。
同じ宗教でも、ある対象者向けの方便と、別のある対象者向けの方便では、まったく逆の事を言っている場合もあります。
方便とは、本来そういうものです。

ですから、方便を授かった側が、誰にでも当てはまると思い込んで吹聴すると、それは本質が変化して、根拠のない脅しになります。


Name: 天台沙門
Date: 2008/09/07(日) 10:38   No:1377
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Title: Re:人助け‐徳    
【後で役に立つ物ですか?】

縁起説の立場からすれば、この質問には回答できません。
理由は、「陰徳陽報」という熟語を例にとれば、本当に「陰徳」という因が「陽報」という果を生んだかどうか不明であるからです。

一般的に、仏教の術語としての「徳」は「善根(善い報いを受けるべき善き業因:中村元『部仏教語大辞典』)」という意味で使われます。この定義を借りれば「役に立つ」ということは「善い報いを受ける」ということの換言となります。
したがって「役に立つ」ことの証明をするには「善い行い=因」と「善い報い=果」との一対一対応(因果関係)を証明する必要がありますから、もし、すべての「ある善行」が必ず「善い果報」をもたらす、のであれば「徳は役に立つ」との証明が成立します。
しかし、この一対一対応の思考法からは「縁=環境」というものの関与が除外されていますし、さらに大事なことは「それ以外の善行」も因となること、および人間は善行とともに悪行をも行うという自明の事実が考慮されていません。

そもそも、特定の時間の特定の時期に行われた「徳」にどれほどの価値があるのか、そのたびごとに一考すべきでしょう。私にとっての善行が、他のすべてにとって善行とは限りません。その自分の「善』に対し懐疑的になりつつも、いまここで自分が最善と信じる行為を行い、その結果については自分にとって悪報であっても受け容れる、というものが仏教者としてのあるべき姿と考えます。

その実例として新大久保駅乗客転落事件をあげておきましょう。「人助け」は「善行」であり「徳」ですが、その善行は「役に立つ」どころか自身の死ということになりました。本生譚的には「捨身」ですが、これを愚行という観点はあっても、善行でないという観点はないでしょう。


【あの世には徳を貯める倉がある】

そもそも釈尊その人は「あの世」について語っておられません。ゆえに、そのような「倉」が存在するかどうかは不可知です。ですから「あの世」も「徳」も、仏教においては実在するものではなく、巳朱さんのおっしゃる「方便」すなわち「もののたとえ」以上の意味はありません。
仏教の究極的な目的は解脱にあるとはいえ、解脱を得られなかった場合は来世においてさらなる修行を積むという形式で六道輪廻説との折衷を図っていますので(もしくは九本往生説)、来世への積善を否定するものではありませんが、正統的には「方便」の範疇にすぎません。
ところで、イスラームでは神との契約条件として人間側に積善義務が存在しますから、ムスリムにとっては「あの世には徳を貯める倉がある」と言っても間違いはないでしょう。その結果として、神は人を天国に招きます。

方便にせよ契約にせよ、「この世での積善」が「後生の安穏」につながり、「後生の安穏」は「今生の平安」をもたらします。「この世での積善」すなわち「今生の平安」ですから、この論点ならば、徳を積むことは心の安らぎを得ることができるという役に立つ物という論証は可能です。


Name: 勝運寺 住職 [URL]
Date: 2008/09/09(火) 07:09   No:1383
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Title: Re:人助け‐徳    
竹さま
(人助け‐徳)=善行
善行を行なう行為の功徳は後で現れる物ではなく即座に現れてきます。
たとえば貴方が困っている人に対して手助けをしてあげたとします。相手は貴方に対して感謝の心を表します。それを聞いた貴方はどのような気持ちになりますか?けして悪い気持ちではないはずです。この気持ちが極楽浄土での仏の気持ちであるといわれております。そして一瞬では有りますが貴方は現世において仏になれたのです(即身成仏)です。


Name:
Date: 2008/09/09(火) 11:17   No:1384
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Title: Re:人助け‐徳    
天台沙門様、勝運寺 御住職様、どちら様もありがたきお言葉ありがとうございます。
素直に納得がいきました。




Name: とこな
Date: 2008/09/03(水) 10:17   No:1362
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Title: 水子供養について    
遠距離恋愛をしている彼女との間に子宝を授かりました。
ですが諸事情によりまだ産めないとのことになり堕ろすことになってしまいました。

私は水子供養をしてあげたいのですが、彼女が「お寺で供養してしまうと色々なところでお祈りしてあげられない」と、あまり乗り気でない状態です。

そこで私だけでも水子供養をしようと思いますが、後々に彼女も気が変わり、彼女の方でも供養したいという可能性もあると思いますが、複数のお寺で何度も供養するというのはよいのでしょうか?

教えて下さい。



Name: 勝運寺 住職 [URL]
Date: 2008/09/05(金) 07:55   No:1369
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Title: Re:水子供養について    
とこな様

遠距離でもご供養、御参りが出来ますようにしておりますお寺も増えていますよ
安心してご供養をしてください。
もし宜しければ当院にても水子さんのご供養をしています。


Name: 天台沙門
Date: 2008/09/05(金) 10:08   No:1372
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Title: Re:水子供養について    
残念です。亡きお子さんのこと、覚えておいてさしあげてください。


【「お寺で供養してしまうと色々なところでお祈りしてあげられない」】

そんなことはありません。
ただし、「その信仰の宗教施設以外(この場合は、寺)で祈りを捧げてしまう(供養してしまう)と、その信仰の宗教施設では救済が得られない」という信仰を彼女さんがおもちであれば、彼女さんの言うとおりです。

心理学的にいうと「お祈りをする=冥福を祈る」ということは、「死者のことを想い出す」ということですから、彼女さんは「お子さんの冥福を祈る」気分よりは、「堕胎したことを忘れたい」気分である、と想像できます。
ご本人が乗り気でないことをお勧めする必要はありません。


【複数のお寺で何度も供養するというのはよいのでしょうか?】

なんの問題もありません。
変なたとえで申し訳ありませんが、クルマの中にいろいろな社寺の交通安全のお守りをぶら下げているのと同じ感覚です。
私だとて、よその寺院(天台以外のご宗旨でも!)に参詣したとき、機会があれば「当山檀信徒先祖代々各霊証大菩提」の回向をご依頼します。


Name: とこな
Date: 2008/09/07(日) 10:41   No:1378
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Title: Re:水子供養について    
ありがとうございます
なるべく早いうちに供養してあげたいと思います。




Name: あさこ
Date: 2008/09/04(木) 12:54   No:1368
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Title: 納骨について    
また、お世話になります。

私の実家のことですが、父が亡くなり、先祖代々のお墓は
遠方に有ります。

母は、そこには行きたくないといっています。
葬儀や、法事は葬儀屋さんの紹介のお坊様にきて
頂いてます。

遠方にある先祖代々のお墓は父の兄が作ったものです。
その隣には父の弟のお墓があります。

父の兄も父の弟も残された奥さん達が高齢のため、また跡継ぎも
いないため墓参りも出来ないので、永代供養代を支払って
お寺を去りました。


それからは私の実家にお寺からの郵便物とかが来るようになりました。
母は、うちもお寺を去るには先祖代々の永代供養代を払わないと
いけないのかと悩んでいます。

まだ父が亡くなったことは知らせていません。
母は、金銭的なこともあって納骨を遅らせています。

法事等に来ていただいているお寺さんのところに納骨したほうが
良いのか、近くの大きなお寺でどの宗派の人も納骨のできるところがあり、
費用も安くてすむところが良いか迷っています。

できれば今後を考えると安い所にこしたことはなく、でも、
そこに納骨をして法事だけ今まできていただいているお坊様に
来ていただいてもよいものか、悩んでおります。

実家の長男も金銭的に苦しく、長男の知り合いのおばあさんで
亡くなった夫のお骨を納骨せずにもう7年も自宅に置いている人が
いるとの事で、父のお骨を何年も実家に置いておこうとしています。

そのおばあさんは子も身よりもない方なので、多分、自分が何か
見れなくなるまで一緒にいようと思っているのではないかと思います。

私は亡き父や母に身寄りがないわけではなく、早く納骨してあげたいと
思うのです。
でも、あとあと見るのは母と長男である弟なので口出しも
どうかと思っています。



Name: 勝運寺 住職 [URL]
Date: 2008/09/05(金) 08:06   No:1370
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Title: Re:納骨について    
あさこ様
大変むつかしい寺と檀家の問題ですが離壇をしお墓を改葬するのであればお寺に有りますお墓の撤去整備料は払わなければいけません。多分是を永代供養料としてお寺が預かっているのだと思います。公営の霊園などに有ります納骨堂に一時的に預骨をされたらいかがですか。


Name: 天台沙門
Date: 2008/09/05(金) 09:39   No:1371
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Title: Re:納骨について    
【あとあと見るのは母と長男である弟なので口出しもどうかと思っています。】

そうなんですよね……。
端的にお母さまと弟さんがどうしたいのかを訊いてさしあげてください。お父さまの件について、その意向がもっとも尊重されるべきはお母さまなのですから。


【法事等に来ていただいているお寺さんのところに納骨したほうが良いのか】
【近くの大きなお寺でどの宗派の人も納骨のできるところがあり、費用も安くてすむところが良いか迷っています。でも、そこに納骨をして法事だけ今まできていただいているお坊様に来ていただいてもよいものか】

ご近所(お母さまの、ですか?)に低価格の墓所があるのならば、そちらでよろしいのではないでしょうか。
ただし、多くの場合で「どの宗派の人も納骨できる」というのは「納骨はできる」というだけです。法要を行うのが「異なる宗派(同宗派の他寺も含め)の僧侶でも可」というところは少数派です。ご確認ください。
ですから、いま法事を依頼なさっておられる方が信頼できる方でしたら、その方に法要の依頼ができる環境の墓所をお探しになるべきです。つまり、その方の寺に墓所をお求めになる、ということですね。
必ずしもそうではなく、僧侶の人間性が選択基準にないのでしたら「墓参のしやすい場所」もしくは「入手コスト」を優先させてよいでしょう。




Name: ちろる
Date: 2008/09/02(火) 20:32   No:1356
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Title: 施主、お寺の檀家について    
はじめまして。先日祖父のお寺のお墓参りにいきましたところ施主の伯父がなくなっているのにもかかわらず施主のままになっていてそのことを伯父の弟はよくわからずにお寺に管理費だけを払い続けていました。なくなった伯父は祖父の養子で祖父の後妻の子供なので後妻とともに別のお寺の墓地に伯父が埋葬したそうです。祖父のお寺の人はたいへん怒りなくなった伯父の葬儀とお戒名をつけることと3回忌までの供養で108万円を支払わない限り墓地は取り壊しお骨は処分(捨てる)と言いました。その後も施主になる人がいないためお骨は私の母が引き取ることにしましたが離檀にしてもなっくなったおじの供養をしない限りお骨は捨てるといわれあわてて伯父がお金をふりこんだところそのままにしておくとの返事がきたそうです。はずかしながらお寺のシステムについてよくわからないのですが伯父がインターネットがわからずもし相談するサイトがあったらそういうことは普通のことなのか聞いてみてほしいとたのまれました。私としてはお寺に貢献した祖父だったと聞いていますのにこのようなことでお骨を捨てるとまで言われるとは、、とショックだったのですが。長いつたない文章で申し訳ありませんがどうぞよろしくお願いいたします。


Name: 勝運寺 住職
Date: 2008/09/03(水) 07:45   No:1359
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Title: Re:施主、お寺の檀家について    
ちろる様

文面から拝察いたしますと貴家の檀那寺は相当な強欲寺院ですね。
今回もそうですが何か有る事に寄付を迫ってきそうな寺ですね。
拙僧ならばさっさと離壇して他の寺のお世話になりますよ。
江戸時代では有りませんのでご自身で自由にお寺を選ぶ事が出来ます。無理をして檀家で居る必要は有りません。ご先祖様や仏様は檀家制度などという狭い了見は持ち合わせておりません。
離壇したからと言って罰が当たる事は有りませんので安心してください。仏の罰が当たるのはむしろお寺の住職の方です。
離壇を(する/しない)は貴家の自由です。いやいや金を払い、いやいや寺と付き合うか、新規一転して安心してお願い出来る寺を探しお願いをする。どちらでも良いのです。
ご自身でお決めに為る事が大事です。
是は個人的な拙僧の意見ですが、無理をして「仏の沙汰も金次第」的な寺とのお付き合いはしたくないですね。
何か有る事に寄付を迫って来そうですし虚しさを感じます。
                           合掌


Name: 天台沙門
Date: 2008/09/03(水) 10:08   No:1361
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Title: Re:施主、お寺の檀家について    
勝運寺さんのおっしゃる通り、今後は離檀・改葬して、他の墓所に移されることをお勧めします。
ただ、私でしたら、亡伯父さんが「(祖父を?)後妻とともに別のお寺の墓地に伯父が埋葬した」ことと、その伯父さんが亡くなり別所に葬られた(と推定しています)ことを知った時点で、私から離檀と墓所の撤去を求めます。その場合、私が請求するコストは、墓所の抜魂供養の布施料と、墓所の撤去工事費用ということになります。


整理しましょう。

【伯父の弟はよくわからずにお寺に管理費だけを払い続けていました。】
管理費を納めているならば、檀家としての最低限の義務は果たしていると考えられます。
ですから、問題は
【なくなった伯父は祖父の養子で祖父の後妻の子供なので後妻とともに別のお寺の墓地に伯父が埋葬したそうです。】
【施主の伯父がなくなっているのにもかかわらず】
という点にあります。
施主すなわち墓所の管理者(=亡伯父さん)が菩提寺に相談なく(あれば菩提寺が葬儀をするので)、祖父さんと後妻さんを他の寺に埋葬したということは、葬儀も他の寺でなさったはず(葬儀をしていれば、菩提寺の墓に納めるから)です。また、今の寺では伯父さんが亡くなっていることを知らなかった(知っていれば施主ではなくなるから)ということで、亡伯父さんご自身の葬儀も今の寺ではなさっておられないと推定できます。

よって、事実関係に対する私の推定が正しいのであれば
【祖父のお寺の人はたいへん怒り】
というのは、もっともな話です。当山での場合を想像すると、怒りはしませんが不快に感じます。亡伯父さんが檀家としての義務を果たしていなかったわけですから。

祖父のお寺の人の理屈を代弁するならば
「伯父は祖父の後妻の連れ子であるが、しかし養子として菩提寺の墓を守る義務がある。にもかかわらず、当方に断りもなく他の寺に祖父の葬儀を任せ、しかも菩提寺ではない寺に墓を作った。これは檀徒の義務にもとる行為である。さらに、墓地の施主すなわち檀家である伯父が死亡したことも当方には伝えず、やはり葬儀もしなかった。これも檀徒の義務にもとる行為である」(敬称略)
ということになります。


【なくなった伯父の葬儀とお戒名をつけることと3回忌までの供養で108万円を支払わない限り墓地は取り壊しお骨は処分(捨てる)と言いました。】

その「檀徒の義務」の観点からすれば、菩提寺が戒名料・通夜葬儀・初七日・77日・100日・一周忌・三回忌の布施料を請求するのは無理無体とは考えません。問題にするならば金額の妥当性(戒名料30万+通夜葬儀初七日50万+4回×7万?)という問題はあります。 (註:ところで三回忌までのご供養は、なさいましたか?)
ただし墓地の取り壊しと遺骨の処分に関しては、借地上の建物を壊すようなもので、寺方にはそのような権利はありません。もっとも『入檀規定』とか『檀信徒心得』など明文化された根拠があれば可能ですが、普通は寺と檀家の相互の権利義務を明文化する習慣はありませんので不可能です。

ところで
【その後も施主になる人がいないためお骨は私の母が引き取ることにしました】
【離檀にしてもなっくなったおじの供養をしない限りお骨は捨てるといわれ】
ということですが、お母さまが「お骨を引き取ること」にするならば、今のお寺にお骨は残らないはずですが、どうして「お骨は捨てる」という事情になってしまったのでしょう? 亡伯父さんの遺骨を移してきて、今の寺で供養し続ける(檀家であり続ける)ことを求められているのでしょうか? 「おじの供養」というのが、墓所を引き払うための抜魂法要という意味でしたら納得できますが。
この部分については、情報が少なく回答したしかねます。


【お寺のシステムについてよくわからないのですが】

勝運寺さんのおっしゃる「檀家制度」ということですが、暗黙の了解として「戸主が墓地を相続し、あわせて墓地に祀られている先祖各霊の祭祀義務および権利を継承する」というものが骨子です。(註:江戸幕府が国家制度として構築した“檀家制度”については本旨ではないので省きます)
これにともなう檀家の義務は「檀那寺で先祖供養を行い折々に布施をすること」で、権利は「墓所を永代にわたり使用でき、回向・祈願を依頼できる」というものです。対する檀那寺の義務は「檀信徒のために回向・祈願を営み安心を与えること」で、権利は「回向・祈願と安心に対する布施を受けられる」というものです。
重要なのは、“布施”のやりとりについては、あくまでも習慣によって時期と金額が決まっているということです。もちろん金額と根拠を明朗にしている寺社も少なくありませんが。
かつては先祖祭祀の継承は、習慣と暗黙の了解で行われてきたわけです。それを支えていたのは親戚付き合いと地域社会の結びつきでした。
いわゆる冠婚葬祭のしきたり(=社会的儀礼システム)は、親戚の伯父さんとか近所の親方とかがいろいろと助言をしてくれました。ですが、現在では「暗黙の了解」ではなく「説明と同意=インフォームドコンセント」に基づかねばならず、しかもそれを檀那寺と檀信徒とが意識していないという不幸な時代です。

このたびのご質問は、その不幸が如実に現れてしまった一例です。


【そういうことは普通のことなのか】
「108万払え」も「骨を捨てる」も普通ではありません。
ですが、檀家寺を預かっている立場からはっきり申し上げますと、菩提寺で葬儀を行わず他の寺に埋葬することを二代(祖父さん・亡伯父さん)にわたり続けられること自体が普通のことではありません。
つまり、普通ではないことが原因となっての普通ではない結果ですから、当然のごとくトラブルになっただけ、といわざるをえません。
残念ながら【お寺に貢献した祖父だった】からこそ、菩提寺としては他の寺に埋葬されていることが許しがたく、感情的なもの言いになったともいえます。

率直に
「知らなかったことが多かったとはいえ、檀家としての務めを果たさなかったことについてはお詫びしたい。しかしながら祖父母も伯父も別所に墓所を設けてしまっているので、離檀して先方に遺骨を移したい。ついては、そのための法要を営み、改葬に必要な手続きをお願いしたい」
と、おっしゃるのがよろしいかと考えます。


Name: ちろる
Date: 2008/09/03(水) 19:28   No:1367
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Title: Re:施主、お寺の檀家について    
勝運寺住職様、天台沙門様

丁寧なコメント本当にありがとうございます。
今回の件は伯父が亡くなった人のことを言わずに他のお寺で供養、埋葬したことは伯父の悪いところだということは納得できます。
たしかにお寺の方では伯父に施主になる資格はないといいました。
そして母がお骨を引き取り離檀して改葬することにしましたが
その時点で結局お寺の方で亡くなった人の法要をしない限りは
お骨は引き取らせないとのことだったのです。またそれがどのような意味でのことなのかわからなかったのです。なんとしてもお金を支払わなくてはならなくなっていました。
今回、伯父のいけなかったところもよくわかりました。
そのうえでやはり本当に仏の沙汰も金次第」的な寺とのお付き合いはしたくないと改めて思いました。お彼岸過ぎには改葬手続きをふむつもりです。いろいろありがとうございました。またなにかありましたらよろしくお願いいたします。




Name: アラフォー
Date: 2008/09/01(月) 13:42   No:1352
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Title: どうすれば・・・    
ご先祖とお墓についての相談です。
少し長くなりますが宜しくお願いします。

私の父方のことです。父は長く闘病生活を続けております。
今日明日という事ではありませんがいつ病状が悪化するともわかりません。
今まで気にはしておりましたが万が一を思い先祖を含めうちのお墓について聞いてみることにしました。幼い頃より父方の田舎へは、あまり訪れたことがなく墓参りも一度きりした記憶しかありません。

私からみて祖母は父が幼少の頃 病で亡くなり、まもなく祖父は再婚したそうです。その祖父も病ですぐ亡くなりました。祖父の再婚相手がその後再婚し、父はその夫婦の養子となりました。
私の本当の祖父母のお骨は父の養父母が建てたお墓に入っているとの事です。そのお墓には養父母の亡くなった実子も入っているとのこと。その時の理由でこうなったとのことですが、父も何分幼少で詳しくは知らないとのことです。
先祖代々のお墓もあるのでしょうが、親戚付き合いもほとんど無く現在に至っています。

父また母もお墓にはこだわっておらず万が一の際も合葬式墓地で良いと言っております。
ただ、父の養父母が高齢にてその際に同じお墓で良いのか?と疑問に思っております。
いざというとき、本当の祖父母のお骨もどうすれば良いかわかりません。
新しくお墓を建てるべきでしょうか。それとも、このままで良いのでしょうか。はたまた、もっと良い方法があるでしょうか。
宜しくお願いします。



Name: 天台沙門
Date: 2008/09/02(火) 15:45   No:1353
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Title: Re:どうすれば・・・    
【新しくお墓を建てるべきでしょうか。それとも、このままで良いのでしょうか。】

「父方の田舎へは、あまり訪れたこともなく」「親戚付き合いもほとんど無く」という状況でしたら、最良の選択は貴方のお住まいの近くに墓所を設けられることです。理由は、墓参をするに便利だから、の一点につきます。

【父また母もお墓にはこだわっておらず万が一の際も合葬式墓地で良いと言っております。】

そうであるならば、お住まいの近くに合葬式または納骨堂式の墓所をお求めになってもよろしいでしょう。


ですが、養祖父母さまが建立された墓所が現存しており、そこに実祖父母さまが埋葬されているわけですから、いくつかの可能性を考える必要があります。
文面からは養祖父母さまは、まだご存命であると推定できますので、その前提で。

(1)この墓所の所在
 :貴方のお住まいから遠いのか? 養祖父母さまのお住まいからはどうなのか?

(2)この墓所の後継者の有無
 :お父さまなのか? 養祖父母様のご実子がいらっしゃり、その方なのか?

(3)養祖父母様のご意向
 :お父さまのご両親と同じ墓所に入ることに決めてらっしゃるのか?

(4)実祖父母様のご遺骨
 :養祖父母さまは、お父さまの実父母の新しい墓所を設けることに、賛成なのか? 反対なのか? 


ご質問の記述だけを前提に回答するならば、貴方がご両親と養祖父母さまと実祖父母さまをご一緒の墓所でお祀りいただく、ことが最善と考えます。お父さまにとっては生みの親と育ての親で、いずれも親であることに変わりはありませんので。
ただし、実祖父母さまの墓所が貴方のお住まいから遠い場所にあり、なおかつ墓所の後継をなさる養父母さまのご実子(お父さまの義兄弟)がいらっしゃるのであれば、ご近所に新規の墓所を建立なさり実祖父母さまの遺骨を改葬なさるということも選択肢となり得ます。

墓のことは人間の感情の問題が大きく関わってきます。
貴方の養祖父さまに焦点をあてれば「妻の亡夫とその前妻のための墓を建て、妻の連れ子を育てた方」ですから、世間一般としては「奇特な方」ということになります。
ともあれ、養祖父母さまのお気持ちと、お父さまが養父母様におもちのお気持ちがわからないうちは、実祖父母さまのご遺骨の改葬はお勧めしません。


ごゆっくり、お父さまとご相談ください。


Name: アラフォー
Date: 2008/09/03(水) 13:19   No:1364
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Title: Re:どうすれば・・・    
天台沙門 様

ご親切にありがとうございました。

(1)この墓所の所在
 :貴方のお住まいから遠いのか? 養祖父母さまのお住まいからはどうなのか?
→ 現在は東京に住んでおります。墓所は北陸であります。養祖父母の家からはさほど遠くないとのこと。


(2)この墓所の後継者の有無
 :お父さまなのか? 養祖父母様のご実子がいらっしゃり、その方なのか?
→ 養祖父母の実子(2人)が後継者となります。が、実子に子供がいませんので次の次は後継者がいません。

(3)養祖父母様のご意向
 :お父さまのご両親と同じ墓所に入ることに決めてらっしゃるのか?
→ 養祖母は意識無く寝たきりです。養祖父は認知症であまり会話がうまくいかないようです。ですので今はよくわかりませんがご教示の内容にもありましたが、養祖父母の実子は、今の状態をあまり良いとは思っていないようです。

(4)実祖父母様のご遺骨
 :養祖父母さまは、お父さまの実父母の新しい墓所を設けることに、賛成なのか? 反対なのか? 
→ 養祖父母のまた、叔父達(養祖父母の実子)の意向はわかりませんが、父の実姉は父に長男として新しくお墓を建てて遺骨の改葬を強く望んでいるとのことです。

天台沙門様の言われるようお互いの意向を精査したうえ判断すことが良いことなのですね。父は養祖母に対しいわゆるママ母というか養母ではありますが父や叔母(父の実姉)にはやはり実子との隔たりを感じていたということをもらしていましたので、気になるところであります。お墓に関してはどうなのかこれから相談していきたいと思います。

両親自身は合葬式墓地でという意向に対し結果、改葬となった際は実祖父母の遺骨は合葬式墓地でも良いのですか?
新規のお墓を建立するべきなのでしょうか?


Name: 天台沙門
Date: 2008/09/03(水) 16:04   No:1365
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Title: Re:どうすれば・・・    
事情のご開陳ありがとうございます。

【父の実姉は父に長男として新しくお墓を建てて遺骨の改葬を強く望んでいる】
【実祖父母の遺骨は合葬式墓地でも良いのですか?】
【新規のお墓を建立するべきなのでしょうか?】

この条件ならば、東京近郊の不便ではない場所に新規の墓所を建立したうえで、実祖父母さまを改葬し、あわせて将来的にご両親の墓所となさることをお勧めしたいです。
私の念頭にあるのは費用の問題です。多くの場合、合葬墓は「一人いくら」とか「夫婦いくら」という価格設定がされています。ありがちなパターンとして「新規墓所(墓石含め)150万円」の場所と「遺骨一体40万」の合葬墓でしたら、購入価格ではなく場所が選択基準となるわけです。率直に申し上げて、墓所は初期投資だけで済みますが、合葬墓では葬儀のたびに費用がかかります。(註:ランニングコストとしては管理費や法要費がかかります) 実祖父母さまのために墓所を建立なさるなら、ご両親もご一緒のほうが“安く”済みます。
ですから、場所と購入価格とのかねあいで合葬墓のほうがリーズナブルなのであれば、ご両親ならびに実祖母のご遺骨を合葬墓(一緒の施設)にお祀りすることでもよろしいと考えられます。

あくまでも、墓参に便利なところに墓を設けるのは、定期的にお参りをしてさしあげるという点ですから。墓の形式は二の次です。


【養祖父母のまた、叔父達(養祖父母の実子)の意向はわかりません】
【実子に子供がいませんので次の次は後継者がいません】

ですが、この条件も考慮に入れると現状での改葬は急がれないほうがよいでしょう。

なぜなら、現在の墓所管理者(以下、菩提寺)の立場を想像すると、将来の施主が誰になるかわからない、という不安があるからです。叔父さまたちが亡くなられた後、そのお子さま=墓所の継承者がいらっしゃらないわけですから、菩提寺としては義子であるお父さま、さらには貴方ご自身に墓所の継承を求めて来る可能性が高いと考えられます。

実祖父母さまのご遺骨を東京近郊に改葬し、ご両親も東京に墓所をお求めになるということは、現在の墓所を継承する人物がいなくなることです。そうなった場合、北陸の墓所を誰がどう守っていくのか、について叔父さまたちだけではなく菩提寺さんとも、ご相談いただく必要があると考えられます。
おそらく養祖父母さまは、北陸のお墓に入られることとなるでしょうが、それから先の将来について、お父さまだけでなく叔父さまたちともお話しになることです。もちろん、それ以前にお父さまとご自身がどうなさりたいかの方針を決めておくことは当然として。


Name: アラフォー
Date: 2008/09/03(水) 16:27   No:1366
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Title: Re:どうすれば・・・    
天台沙門 様

適切なアドバイス感謝いたします。

現在の問題だけでなく将来のことを考え一番よい答えを
出したいと思います。まずは、親族で検討していくこと
から始めたいと思っております。

各人の意向はそれとして、検討しなくてはならないポイント
が把握できたことに嬉しく思います。

天台沙門様、お忙しいところご親切に有難うございました。




Name: あぴ
Date: 2008/08/31(日) 16:15   No:1336
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Title: 女性が修行できるお寺を教えてください    
こんにちは。34歳女性です。
今生で悟りたく、徹底的に修行したいのですが、曹洞宗のお寺に電話したらまず得度を受けなければいけないと言われました。
得度を受けるまで何度も参禅しなければならないらしいです。
でも一日参禅とかあんまり意味がないと思います。
一日やって、次の日には忘れてしまい、一週間たってからまたやり直しは正直意味ないです。いい齢なんでそんな悠長なことをやっていられません。
毎日修行したいので、どこか修行できるお寺がありましたら教えてください。住職の方が大悟していて女性を受け付けているお寺を教えてください。
宜しくお願いします。



Name: 巳朱
Date: 2008/08/31(日) 18:10   No:1340
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Title: Re:女性が修行できるお寺を教えてください    
そんな風に焦っていては、どこに行ったって悟れない。

ご縁が出来たのだから、まずはそのご縁に乗ってみる事だ。「急がば回れ」と昔からいうじゃない?

縁が縁を繋いで、あなたの決意を固め、覚悟を決めさせ、望む環境が手に入る。それが悟りです。


Name: あぴ
Date: 2008/08/31(日) 23:35   No:1349
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Title: Re:女性が修行できるお寺を教えてください    
どうもありがとうございます。

私はどうしようもない人間です。

今までどう努力しようと、どうしようもない人間という前提が頭を離れませんでした。

自分のやることなすこと悪であり、間違っているとしか思えません。大学の時から優秀な先生にも心理カウンセリングを受けましたが何にもなりませんでした。

意思も弱いです。アダルトチルドレン(AC)です。

色々考えてみて、悟ることでしかこの問題は解決しないという結論に達しました。幼児期の傷は心のかなり奥底にあるのだろうと思います。ACが治ったという話はきいたことがありません。

私も少しだけ悟りましたが、その間は当たり前ですが罪悪感に支配されませんでした。普通の意識に戻るとすぐ罪悪感もついてきました。

ACはめっちゃ苦しいです。だから必死なんです。

ご縁といいますが、正直いってこんな自分を受け入れてもらえる気がしません。最後には「あなたは精神的に成熟していないから修行するのはやめなさい」と言われてしまうのではないでしょうか。

わけもわからず生き地獄が続くのですか?


Name: 巳朱
Date: 2008/09/01(月) 00:32   No:1350
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Title: Re:女性が修行できるお寺を教えてください    
それは、凡夫としてのあびさん自身が、自分を見ての判断だよね。うん、典型的と言ってもいいくらいのACの考え方をしてるねぇ。

仏様の愛は、全てを包み込む光ですよ。そこにちっぽけな凡夫の判断など、入り込みやしない。

安心して今あるご縁を大切にしてください。それも仏様のご縁です。仏様はいつも丁度いい縁を下さいます。

でさ、仏道修行だけが悟りへの道ではないよ。
あびさんには、どちらかというとアファメーション、アサーションと呼ばれる自分で出来る自己価値回復法をお勧めします。

あびさんのその必死さ、焦りは、本格的な仏道修行では邪魔になるものです。


Name: 月光山洗心庵 [URL]
Date: 2008/09/01(月) 01:14   No:1351
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Title: Re:女性が修行できるお寺を教えてください    
出張から帰ってきまして、ようやくパソコンの前に座れました。

巳朱様、横から失礼いたします。m(__)m


あびさん、道陽という尼僧です。
尼僧と申しましても、ご縁があって主婦から今の道を歩ませていただいてます。在家出身です。
受戒を受けまして20年になりますが、私もいまだに行きつ戻りつ右往左往しながら歩いております。
そして、いままでに尼僧になりたいという相談も受けてまいりました。
相談者の中には某宗派の尼僧になられ、教職を今年、取得されました方もいらっしゃいます。
尼僧専門道場はありませんか、というご相談がきっかけで、メールのやり取りが始まりました。
そして、その方は節目節目でお便りをくださいます。
その方は「凛とした尼僧さんになりたい。」と願望がありました。
送られたきました尼僧姿は願望どおり、凛としていました。
尼僧専門道場ですからかなりの覚悟、そして我慢が必要だったと思います。
宗門は違いますが、立派になられてよかったな、と蔭ながら喜んでいます。

あびさん、ご自身の精神を鍛錬するために修行ができるお寺、と申されましても昨今はないに近いといったほうが早いです。
僧侶志望者にしても修行過程で挫折される方も少なくありません。
知人僧侶(別宗派)から、若い修行僧が修行についていけなくて寺に火を放ってしまった、という話を聞いたことがあります。
幸いにもぼやですんだそうですが、まかり間違えれば歴史ある寺が灰燼に化してしまったところです。

修行というのは見た目、聞いた目ではやりぬけるものではありません。
分刻みで一日が規則正しく過ぎていきます。
己の甘さや、おっくうさ、ルーズさが捨て切れなかったら、もっともっと自分を見失います。

先輩の存在も大きなものです。
同門の尼僧さんは別宗派の尼寺で再得度して未来を夢見ましたが、人間関係で挫折して郷里へ戻ってこられました。
出世コースを歩んでいたのだそうですが、若い尼僧さんが入ってこられて、席を奪われ窓際族のような状態になり、やりきれなくて戻った、とこぼしていました。

修行はある意味、自分との闘いです。(言い過ぎかもしれませんが。)
私は自分の来ました道を振り返りまして、そんな気持ちでおります。
自分が甘かったり、ルーズであったり、弱きであったら勤まらない。

そして、幾多の困難や厳しさを乗り越えてもまだまだ、悟る境地には至りません。
なぜなら、乗り越えれば乗り越えるほど、次から次と課題が出てまいります。そして、だんだんハードルも高く狭くなります。
修行というのは果てしないものだと、思っています。

たぶんお寺に入られた方は言葉に出さずとも、似たような気持ちかと思います。
つまり、毎日が修行。修行がすんでも修行の日々なのではないでしょうか。

巳朱様がいわれたご縁ができたのだから、というのは、座禅する機会を与えられたのだから、日参して黙って座していたらどうでしょう、ということなんですね。

まず、座ってみる。黙って座ってみる。
それを根気よく続ける。
不平も不満も言わないで座る。
座ることから何かが見えてきますよ、ということです。

ご自身はACだからという思い込みに捉われていらっしゃるようですが、座ることによって捉われから放たれるやもしれません。
私も師から、「黙って座しなさい。」と、何度も注意されました。
そして、恥ずかしながら、今でも座すのは苦手です。

あびさんは自分自身を求められているのかもしれませんね。
よろしければ一度、遊びに来られませんか。
無理にとはおすすめしませんけど。

巳朱様の仰るとおり、あまり、焦らないでくださいね。
では、失礼いたします。合掌



∞∞∞∞∞ 心に寺を建てよう。∞∞∞∞∞
月光山洗心庵 http://www.nisou.com/
電話 0288-21-7338 FAX 0288-21-8373 
〒321-1264栃木県日光市瀬尾2943
douyou@otera.net
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞





Name: 天台沙門
Date: 2008/09/03(水) 12:23   No:1363
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Title: Re:女性が修行できるお寺を教えてください    
【毎日修行したいので、どこか修行できるお寺がありましたら教えてください。】
【住職の方が大悟していて女性を受け付けているお寺を教えてください。】

基本はご自身が信頼できる師僧とであうことです。……これは縁としかいいようがありません。
とにもかくにも、世俗の生活から離れて本当に出家したいのであれば、例えば曹洞宗なら永平寺または総持寺に直接にご相談ください。会社勤めも辞め僧堂に入り数年の修行をする、という覚悟であれば最速ルートでしょう。ご自身で師僧をみつけて得度して前行をしてという手続きを踏むよりも手っとり早いようですが、実際には本山が師僧をつけてくれ手続きを踏ませてくれるという流れになります。
ただし修行とは自分自身と向き合うことですから、大悟している師僧であっても援助以上のことはしてくれません。しかも本山ががつけてくれた師僧を断るわけにはいきませんから、電話をしたお寺との縁を大事にするのが最善でしょう。

ちなみに僧堂生活は男性のみの共同生活を前提としています。天台宗の行院は春夏秋の三期開講ですが夏は男性のみで、女性は希望者が数人まとまった年の秋か春かに限られます。つまり、女性を受け入れてくれる場所は非常に限られるというわけで、とにかく出家がしたいのであれば本山クラスの寺よりも各宗の宗務庁に問い合わせいただき、女性出家者の受け入れが可能かどうかを調べてください。

…………

以下は余談です。

【今生で悟りたく、徹底的に修行したい】
あなたにとっての「悟り」とは、なんですか?
ご自身で「このような状態が悟りである」と言語表現は可能ですか?

さて。
【曹洞宗のお寺に電話したらまず得度を受けなければいけないと言われました。】
曹洞宗に限らず、すべての宗派が同様です。ちなみにキリスト者の場合は「洗礼」といいますね。

【得度を受けるまで何度も参禅しなければならない】
【でも一日参禅とかあんまり意味がない】
【毎日修行したい】
きつい表現ですが、出家得度は洒落で行うものではありません。その出家の覚悟が本当のものであるかどうかを確認するために何度も参禅をするわけです。得度を希望する者が自問自答の機会として参禅をする。受け入れる師匠が得度を希望する者がふさわしい者か判断するために参禅をさせる。
そういうものです。
そもそも毎日修行するということは一日一日修行を繰り返すということです。ですから毎日修行したいのであれば毎日のように一日参禅を繰り返してください。

【今までどう努力しようと、どうしようもない人間という前提が頭を離れませんでした。】
【悟ることでしかこの問題は解決しないという結論に達しました。】
【私も少しだけ悟りましたが】
【普通の意識に戻るとすぐ罪悪感もついてきました。】
多くの宗教は、自身が救われがたい人間である、という自覚に基づきます。ですから、この前提は正しいものです。例えば、伝教大師は『願文』においてご自身を「愚の中の愚、底下の最澄」と表現しておられます。それは自己の優越性に疑念をもつという自分自身に対する健康的な懐疑心の表れといってよいでしょう。

……ところで、そのときの「悟り」体験はどんなものでしたか?

さて、宗教心理学的にいえば、覚り/悟りは「ある心理状態」としての場合と、「自己目的とする過程」としての場合があります。比喩的に言えば、前者は稽古ごとでの進級で、後者はもっと上手になりたいという意思そのものです。進級テストのあいだのトレーニングがすなわち修行ということです。
修行の結果、あるサトリを得る。すると、得たサトリによって自覚できなかった欠点が自覚でき、新たなるサトリを求めて修行をする、というものが修行の全体像です。
洗心庵さんのおっしゃる「乗り越えれば乗り越えるほど、次から次と課題が出てまいります。そして、だんだんハードルも高く狭くなります。修行というのは果てしないものだと、思っています。」というところですね。

【ACが治ったという話はきいたことがありません。】
だからどうだというのです? 自身がアダルトチルドレンであると知っているなら、AC特有の「生きにくさ」も自覚できているわけです。生きにくい自分と生きにくさの原因とがわかっているということは、自分自身を客観視できる立場をもっているということです。幸いではないですか。
人は「生」という名の100%致死の病気にかかっています。「生」は治りません。

【ご縁といいますが、正直いってこんな自分を受け入れてもらえる気がしません。】
【あなたは精神的に成熟していないから修行するのはやめなさい】
これらはアダルトチルドレンの自己否定感覚の表現と理解しますが、受け入れてくれる師匠がいるかどうか、と神仏が貴方自身の想いを受け入れてくれるかどうかは、まったくの別問題です。
まずは、人はダメでも神仏は受け入れてくれる、と信じましょう。
そもそも「未熟だから修行するな」とは普通は言いません。なぜならば、修行をするのは精神的に成熟していないからです。それを自覚(前述の健康な自己懐疑心の作用)しているから、修行への意志が生じるのですから。

【わけもわからず生き地獄が続くのですか?】
私は、貴方がアダルトチルドレンとしての「生きにくさ」から解放される手段として「悟り/覚り」を求めてらっしゃると理解しました。ならば、自分自身がACであることを価値判断なく認めること、巳朱さんのおっしゃるアサーションなどから始めましょう。


Name: あぴ
Date: 2008/11/27(木) 22:27   No:13361227792451
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Title: やめました    
皆様ありがとうございました。
傷つくのが怖かったので今までアクセスできませんでした。すみません。

ACを治そうとするのも、修行するのもやめることにしました。もう疲れてしまいました。子どもの頃から親の期待にこたえるべく努力してきたのです。酒乱の父に対する母の愚痴を聞き、母の望む学校に入り、母の望んだように父を憎みました。
ACなのが明らかになり母に憎しみを抱きましたが、母からは私が悪いと言われます。「完全な親なんかいない」「また屁理屈か」と。他人からは「自分の人格を矯正すべきだ」と言われます。
疲れました。これ以上の努力を拒否します。

家の近くで毎日参禅できるお寺はありませんし、万が一あってももうやらないと思います。
おわかりのように私は一生苦しみながら修行できません。苦しみから抜け出すことが可能なので、修行したかったのです。

悟ったと思った体験は、ある概念について考えていたとき、突然エゴの感覚がなくなりました。思考はあるのですが、どうしても自分を守らなければならないという固定観念から解放されていました。「この状態を保持すればいいのだ」と考えたのですが、すぐに終わってしまいました。
エゴの感覚を完全に捨て去るのが大悟だと思っています。

失礼しました。




Name: min
Date: 2008/09/02(火) 18:03   No:1354
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Title: 主人の実家のお墓がないです。    
主人の実家のお墓の事で教えて下さい。

主人の実家にはお墓がありません。
両親が幼い時に離婚して父方の祖母と父と暮らしていたようです。

母親は実家に戻って亡くなったそうですが父親はお墓はわからないと言っています。
親戚はいないようです。

父方の祖母は亡くなった時に献体にして遺骨は戻ってお寺さんに預けたそうですが父親はお寺さんももうわからないと言っています。高齢のため記憶が定かでありません。
祖父のお墓があるのかも記憶にないようです。
親戚もいません。

父親は自分も献体登録をしてあるので構わないからと言っています。
主人のご先祖様や顔も知らないけれどこの世に生んでくれた母親の供養をしたいと思います。

毎日私の母と主人の母とご先祖様に感謝して心の中で感謝するのですが写真もないので何か手を合わせる仏様のような(上手くいえないのですが)形で置きたいとか思うのですが。
どうしたら良いのかわかりません。

主人の祖母もお寺さんに預けたのも40年前とのことですが気になっています。

どうぞよろしくお願いします。





Name: 両願寺 [URL]
Date: 2008/09/03(水) 07:45   No:1358
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Title: Re:主人の実家のお墓がないです。    
献体登録されましたご遺体の火葬は、学術的研究がすみましてから、希望があればご遺族にお返しするか、あるいは、献体登録者を合同祀忌する寺院となります。
これは献体登録の資料にも記載されています。
ですから、ご主人のお父様はご自身の死後は献体登録の病院関係寺に合祀されるから、大丈夫、というお気持ちなのでしょう。

下記のサイトを見つけましたのでご参照してください。

http://21sousai.com/kentai.html

献体先の病院では○○会という献体の会があり、年一回合同慰霊を行なっています。

献体者は献体カードを持っています。
ことが起きれば、献体先病院へ連絡しなくてはならないからです。
ただ、献体登録をしたからと、きくだけでなく、そのカードの確認はご家族が認識されていたほうがよいでしょう。
献体したからといって、ご葬儀ができないわけではありません。
どこの大学病院へ献体登録をされたか確認し、そちらで万が一の時にはということを問い合わされましたら、お父様の万が一のことを不安に思う気持ちにならないと思います。

また、献体されましたお祖母様のお寺様を探すのは容易ならぬことです。

昨今は無宗教ということで、様々なご葬儀のスタイルがございますが、水面下で起きている問題は、ご遺族の方々がこれでよかったのか、という思いを強くももたれてしまうことが多くなっています。
ご本人は納得してこうしてくれと、頼んで死出の旅路へ行くわけですが、日時が経って、ご遺族の胸中には納得できないものが生じてくるわけです。

>>毎日私の母と主人の母とご先祖様に感謝して心の中で感謝するのですが写真もないので何か手を合わせる仏様のような(上手くいえないのですが)形で置きたいとか思うのですが。<<

お気持ちはわかりますが、まず、お一つお一つ片付けられて(献体先のこと。献体の内容。)いくうちに、どのような供養をしたほうがよいか、道がみえてくると思いますので、それまでお祖母様の為や、ご先祖供養の為のお写経をされますのもよいかと思います。

お近くにお寺様で写経をされてますところを探されて、心落ち着かされ写経供養をされてはいかがでしょうか。









Name: min
Date: 2008/09/03(水) 08:10   No:1360
解決    削除 
Title: Re:主人の実家のお墓がないです。    
両願寺様詳しくありがとうございます。

主人の父にカードは見せてもらいましたが病院名とかきちんと見てなかったです。
献体の内容をきちんと確かめてみます。

私は献体だから良いという主人の父の言葉を何の疑問もなく受け止めていました。
恥ずかしいですが主人の父の献体を自分の母を亡くして初めて考えさせられたのです。

写経供養をさせてもらえるお寺さん探してみます。
いろいろな事があり心が落ち着けたらどんなに良いかと思っています。

両願寺様、教えていただきありがとうございました。





 
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