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彩遊紀コミュニケーション

“彩遊紀コミュニケーション”掲示板が新しくなりました。掲示板への投稿は、自由にしました。
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 [976]   彩遊紀の紀   .. 2024/11/09(土) 14:31 
◆ くみこさん展
[返信
皆さん今晩は、彩遊紀の紀です。
くみこさんの絵画展に行ってきました。自由が丘の小さなちょっとおしゃれなギャラリーでの展示会で、くみこさんは小さな絵をたくさん出していました。くみこさんとの付き合いはもう20年になり、初めは銀座の松屋でくみこさんがやっていた個展にふらりと立ち寄って、そのおしゃれな絵に魅せられて買ってからのお付き合いで、その後お互いの個展に行ったり来たりしていますす。絵のお友達との個展を行ったり来たりのおつきあいではもう一人“えみ”さんとのお付き合いはもっと長く、もう30年になります。えみさんは業界では知られた女性画家で、作品は数十万円から数百万円もし、でも熱烈なファンがいる方です。えみさんとは30年前にベルギーへの海外ツアーで知り合ったのですが、そのツアーに行く一週間前に、銀座の画廊に素敵な絵が飾ってあって、その絵に魅せられて飛び込みで入ったのがきっかけでした。その方と一週間後に同じ海外ツアーで会うなんて奇跡でしたが、そのえみさんに「銀座の私が使っている画廊で個展をやってみない」と誘われて私は個展をやるようになりました。運命的な出会いでした。今回カレンダーを送ったら、えみさんから電話があり、一時間ほどしゃべりました。えみさんといい、くみこさんといい私が水彩画と言う趣味を持っていたのがきっかけで定年後の人生が楽しくなっています。

 
 



 [975]   彩遊紀の紀   .. 2024/11/03(日) 13:20 
◆ ハロウイーンと花まつり
[返信
皆さんこんにちは、彩遊紀の紀です。
ハロウイーンもおわり、もう11月になってしまいました。今日は
11月3日の文化の日で、以前から言われているように「快晴の特異日」で本当に快晴です。
今週の一週一絵には近所の小さな公園で、子供たちがハロウイーンの仮装をやているのをスケッチしました。渋谷のスクランブル交差点でもなく、こんな小さな公園でハロウイーンの仮装を楽しんでいる人達がいることに驚きましたが、それだけハロウイーンが日本にも定着してしまったのかなと思いました。ハロウイーンだけでなく、クリスマスやバレンタインデーも定着してしまいましたが、でも4月8日のお釈迦様の誕生日「花まつり」は誰もやらないですね。私は今、御徒町に通勤していますが、御徒町の「アメ横」の中にある摩利支天徳大寺さんでは毎年4月8日にはお釈迦様の小さな像を飾って甘茶をかける「花まつり」をやっているので、私もお参りをして甘茶をかけています。キリストの誕生日のクリスマスはこれだけ騒がれるのに、なぜお釈迦様の誕生日の花まつりが盛りあがらないのでしょうか。ハロウイーンにしろ、バレンタインにしろある意味商業主義で、デパートやスーパーが盛り上げて、それがチョコレートの売り上げなどに結び付いているのですが、お釈迦様の誕生日には商業的には「何を売る」のかが決まっていないからなのでしょうか。ちょっと寂しいです。


 
 



 [974]   彩遊紀の紀   .. 2024/10/26(土) 12:59 
◆ バッハの時代
[返信
皆さん今晩は、彩遊紀の紀です。
旅行会社のグローバル社のコンサートを聞いてきました。富山バッハ管弦楽団と言うバッハ大好き人間の集まりの小さい管弦楽団の演奏でしたが、バッハの時代の音を再現しようと楽器もバッハの時代の楽器を再現しての演奏でした。バッハの時代にはピアノはまだなくチェンバロで、フルートはいまのような金管ではなく木管、バイオリンは形は今と同じですが、弦が短く違うとのことで、楽器の音も今の420Hzが中心ではなく415Hzだったとのことで、そんな事にも違いがあったのかと驚きです。そしてその時代には「音は減衰するもの」ということですべてのものははかなく消えていく、という哲学のようなものがあったという演奏者の説明にはちょっと納得でした。それとバッハの時代は演奏は室内が多く、今のような大会場での演奏ではないので管弦楽団と言っても今のような70〜80人のオーケストラではなく、小規模だったとのことで、今回の楽団も8人構成でした。今日本の音楽でも昭和の時代の曲が見直されているといいますが、古い時代にはそれなりの良さがあったのではないでしょうか

 
 



 [973]   彩遊紀の紀   .. 2024/10/19(土) 12:50 
◆ 紅葉の時期を設計したのは誰なのか
[返信
皆さん今晩は、彩遊紀の紀です。
猛暑に振り回されていた今年ですが、先日突然近くのけやきが紅葉しているのに気が付きました。やはりその時期になるとちゃんと紅葉してくれます。日照時間や温度によってけやきは自分が紅葉しなければと思って紅葉し始めたのでしょうか。彼岸花はお彼岸の前後にはちゃんと赤い花を咲かせ、その花を見る事で逆に「あゝお彼岸だな」と思います。けやきの紅葉の時期を支配するのは遺伝子のなせる技だとは理解できますが、ではそのように遺伝子を設計したのは誰なのか、あるいは何なのかが以前から疑問に思っていることです。遺伝子組み換えをして青いバラを作ったとかが話題になり、これは人間が青いバラを作ろうという意思で遺伝子設計をしたのでわかりますが、そもそもけやきの紅葉の時期や紅葉の色を設計したのは誰なのでしょうか。それが神なのか。昔大学の時に化学の先生で、生徒が難しい質問をして、遺伝子ではないですが、わからなくなると、「それ以上は神さまです」という先生がいました。よく生物の進化論で、環境に対応するために遺伝子が徐々に進化してきたと言いますが、遺伝子の設計だけでなく、そもそも遺伝子なるものを誰が作ったのか、それもわかりません。けやきの紅葉を見てそんなことを考えました。

 
 



 [972]   彩遊紀の紀   .. 2024/10/12(土) 20:58 
◆ 婦系図
[返信
皆さん今晩は、彩遊紀の紀です。
先週の日曜日に歌舞伎座で「婦系図」の歌舞伎を見てきました。湯島天神の境内でお蔦が「別れる切れろは芸者の時・・・」という、あの泉鏡花の名作です。話は大体わかっているので、お芝居も涙で見ましたが、歌舞伎の解説チラシを見ると、もともとの原作にはこの「湯島境内」の場面はなく、後に劇化されたときに泉鏡花自身によって戯曲化されたとのことです。でもそもそもの原作の「婦系図」は読んだことがありません。考えてみると、何となく知っていても原作は読んだことがないというのが多いですね。「婦系図」と同時代のあの「熱海の海岸散歩する・・・」の尾崎紅葉の「金色夜叉」の話も何となくわかっているのですが、原作を読んだことがありません。何年か前に、「有名な物語でも、学校の国語の時間に習っただけで、原作を読んだことがないな」と思って、原作を読み始めました。芭蕉の「奥の細道」や、樋口一葉の「たけくらべ」、そしてかぐや姫の「竹取物語」などなど。でも今年の大河ドラマになっている「源氏物語」や「枕草子」も、それぞれの小説の書き出し部分は、「いずれの御時にか・・・」とか「春は曙・・・」とかよく知っているのに原作を読んでいません。ましてや「紫式部日記」とか「蜻蛉日記」とかになるとになると書き出しも全く知りません。いつかやはり「婦系図」の原作も読んでみようと思います。

 
 








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