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お寺ネット:仏事相談室
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[5629]Re:お経を唱える..
..一求道者五十四歳
まず、お経とは何か? といいますと、
これはブッダの教え(言葉)やその生涯についての物語などからくる教訓などが綴られたものを意味します。
本来的には、我々のような普通の人間がブッダのように成るための教えとその修行の在り方を説いたものであり、
日々、これを読誦することで内容を記憶して理解しようとします。そして、また文字化する以前から相手に聞かせることによって伝承してきたのが、
今日まで続けられている読経の習慣となっているのです。ということで、読経の習慣は修行の一環としても扱われてきたものであり、
真摯な姿勢による読経というのは佛様(ブッダ)も大変、喜ばれる行為なのです。
読経の行為そのものは何処でやっても同じなのですが、
これを開眼仏の御前で行うことでその開眼仏と直接的に繋がることになり、より一層その御加護にあずかることができるということ。
ですから、その祀られている対象が実際に開眼されているかどうかということ?
あとはその開眼力の強弱と尊格の種類(神仏の種類)の違いです。
ポイントとしては、
1. 確実な“開眼”は密教に勝るものはない
2. 基本的な開眼仏の力の強弱は、「寺院本尊」→「家庭の開眼仏」→「祈祷済の御札」の順です。
3. 一概には言えませんが、まったく同じ尊格で同等の開眼仏の場合には、「仏像」→「仏画」が基本的な格順です。
4. 「位牌」は故人との通信機のようなものであり、故人にとっての窓口です。
これは開眼仏の傍で一緒に祀ることで故人にとっての安らぎの場となります。
また読経というのは、本来的には死者のためのものではありませんが、
故人やご先祖さまに対しては「私たちと共に仏道を歩んでいきましょう!」との想いで、
故人の修行が更に進まれるよう仏様にそのご指導と御加護をお祈りします。
5. 通常のお墓には、開眼仏が一緒にお祀りされていないことが殆どです。
残念ながら、開眼仏の無い空間での死者供養のための読経は素人にはあまりお薦めはできません。
6. 密教僧による読経と我々、素人の読経とでは加持力において明確な違いがありますが、
私たち素人による真摯な読経も仏様はとても喜ばれています。
私は、真言宗信者でありますが、すべては個人的な見解です。
あくまでもご参考までに
..2018/12/18(火) 01:37
お経を唱えると..
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